LGBTQ+当事者が知っておきたい:職場で適切に自己主張するためのアサーション入門
はじめに:職場の困難と心の疲弊
日々の仕事の中で、自分の意見や感情を適切に表現することに難しさを感じたことはありませんか。特に職場においては、立場や人間関係、あるいは組織文化といった様々な要因が、私たちのコミュニケーションに影響を与えます。
LGBTQ+当事者の方々の中には、職場でのマイクロアグレッションやハラスメント、自身のアイデンティティに関する配慮の不足などにより、心身の疲弊を感じやすい状況にある方もいらっしゃるかもしれません。意見を言うことへのためらいや、自分を抑え込んでしまうことが、さらなるストレスや孤立感に繋がり、メンタルヘルスに影響を及ぼすこともあります。
しかし、相手を尊重しつつ、自分の意見や感情を正直に伝えるコミュニケーションスキルを身につけることは、職場でより健やかに働くために非常に有効です。この記事では、「アサーション」というコミュニケーション手法に焦点を当て、その基本と職場で実践するためのヒントをご紹介します。アサーションを学ぶことで、ご自身の心を守りながら、より建設的な人間関係を築くための一歩を踏み出すことができるでしょう。
アサーションとは何か?攻撃性・非主張性との違い
アサーションとは、相手の人権を尊重しながら、自分の気持ち、意見、要求を正直に、率直に、そして適切に表現する自己表現のスタイルです。これは、自分の権利や主張を一方的に押し通す「攻撃性(アグレッシブ)」とも、自分の気持ちや意見を抑え込んでしまう「非主張性(ノンアサーティブ)」とも異なります。
- 非主張性(ノンアサーティブ): 自分の意見や感情を表現せず、相手に合わせてしまうスタイルです。波風を立てたくない、嫌われたくないといった気持ちから、言いたいことを飲み込んでしまいます。これにより、ストレスが溜まったり、自己肯定感が低下したりすることがあります。
- 攻撃性(アグレッシブ): 自分の意見や要求を、相手の気持ちや状況を考慮せず、一方的に押し付けるスタイルです。高圧的な態度をとったり、相手を非難したりすることもあります。一時的に自分の主張が通ることはあっても、人間関係を損なう可能性が高いです。
- アサーション(アサーティブ): 自分の意見や感情を正直に伝える一方で、相手の意見や感情も尊重するスタイルです。対等な関係性の中で、お互いを大切にしたコミュニケーションを目指します。誠実で建設的な対話が可能になります。
アサーションは、この非主張性と攻撃性の中間に位置する、健康的で成熟したコミュニケーション手法と言えます。
職場でアサーションが必要な場面
職場では、様々な場面でアサーションのスキルが役立ちます。
- 不当な扱いやハラスメントへの対応: 不適切な言動やハラスメントを受けた際に、「やめてほしい」「それは困る」と明確に伝える。
- 意見やアイデアの提案: 会議で自分の考えやアイデアを、論理的に、かつ自信を持って伝える。
- 仕事の依頼に対する応答: 容量オーバーで引き受けられない仕事に対し、理由を説明しつつ丁寧に断る、あるいは条件交渉をする。
- 権利や正当な要求の主張: 労働条件に関する疑問を尋ねる、有給休暇を申請する、業務に必要な物品の購入を要求するなど。
- プライベートな境界線の設定: 仕事に関係ない個人的な質問に対し、答えたくない旨を伝える。
- 感謝や建設的な批判の伝達: 同僚への感謝を伝える、チームの課題について建設的な改善案を提案する。
これらの場面で適切に自己主張することは、自分自身の心を守り、ストレスを軽減するために重要です。
アサーションの実践方法:具体的なステップと表現
アサーションを実践するための一般的な手法として「DESC法(デスク法)」があります。これは、以下の4つのステップで構成されます。
- Describe (描写する): 客観的な事実や状況を具体的に描写します。「あなたが○○と言いました」のように、評価や判断を加えずに起きたことを伝えます。
- Express (表現する): その状況について、自分がどのように感じたか、どのような気持ちになったかを表現します。「私は〜と感じました」「私は〜と思います」のように、「私(I)」を主語にした「私メッセージ」を使うことが効果的です。
- Specify (具体的に提案する): 相手にどうしてほしいのか、具体的な行動や解決策を提案します。「今後、〜していただけますか」「〜という方法はいかがでしょうか」のように、明確な要求や提案を伝えます。
- Choose/Consequence (選択肢/結果): 提案を受け入れてくれた場合(Choose)や、受け入れられなかった場合(Consequence)の結果や代替案を伝えます。「そうしていただけると助かります」「もし難しいようでしたら、〜という方法も考えられます」のように、ポジティブな結果や妥協点を示すことも含みます。
例:会議で自分の意見を聞き入れてもらえなかった場合
- D: 「先ほどの会議で、私がA案について意見を申し上げようとした際、話が終わる前に次の議題に移られたように感じました。」
- E: 「そのとき、自分の発言は重要ではないのかと感じ、少し残念な気持ちになりました。」(「私メッセージ」)
- S: 「次回、私が発言を求めた際には、最後まで聞いていただけると嬉しいです。」
- C: 「そうしていただけると、私も安心して会議に参加できますし、より良い議論に繋がるかと思います。」
このDESC法はあくまで基本的な枠組みであり、状況に応じて柔軟に使うことが大切です。重要なのは、相手を尊重する姿勢を持ちながら、ご自身の正直な気持ちや意見を「私メッセージ」で伝え、具体的な提案を行うことです。
また、言葉遣いだけでなく、声のトーン、表情、姿勢なども、アサーティブなコミュニケーションにおいては重要です。落ち着いたトーンで、相手の目を見て話すことを心がけましょう。
アサーションが難しいと感じるとき、心構え
アサーションは、身につければ強力なスキルとなりますが、特にこれまで自分の意見を抑え込むことが多かった方にとっては、すぐに実践するのが難しいと感じるかもしれません。
- 失敗を恐れない: 初めから完璧を目指す必要はありません。練習を重ねることで、少しずつ慣れていきます。
- 小さなことから始める: いきなり大きな要求をするのではなく、まずは「ありがとう」と感謝を伝えることから始める、断る練習をするなど、小さなアサーションから試してみましょう。
- 感情を認める: アサーションしようとすると、不安や恐れ、罪悪感などの感情が湧いてくることがあります。そうした感情があることを認め、「怖いけれど、伝えてみよう」と一歩踏み出す勇気を持つことが大切です。
- 自己肯定感を育む: アサーションは、自分には意見を言う権利がある、自分は尊重されるべき存在である、という自己肯定感と深く関わっています。日頃からご自身の良いところを認めたり、達成できたことを肯定したりする習慣を持つことも、アサーションの実践を後押しします。
アサーションの実践とメンタルヘルス
アサーションを実践できるようになると、以下のようなメンタルヘルスへの良い影響が期待できます。
- ストレスの軽減: 自分の気持ちを適切に表現できることで、溜め込みがちなストレスが軽減されます。
- 自己肯定感の向上: 自分の意見や感情を大切にすることで、自分自身を尊重できるようになり、自己肯定感が高まります。
- 人間関係の改善: 対等で正直なコミュニケーションは、周囲との信頼関係を築き、より健全な人間関係に繋がります。
- 燃え尽き症候群の予防: 無理な要求を断る、適切な休息を求めるなど、自分の限界を守るアサーションは、燃え尽きを防ぐ助けになります。
もし、職場でアサーションを実践しようとしても状況が改善しない場合や、アサーションを試みること自体が強い恐怖や不安を伴う場合は、一人で抱え込まずに外部のサポートを求めることも重要です。職場の産業医やカウンセラー、外部のメンタルヘルス相談窓口などに相談することを検討してみてください。
まとめ:自分を大切にするコミュニケーションへ
この記事では、LGBTQ+当事者が職場で心を守るためのツールとして、アサーションをご紹介しました。アサーションは、相手を尊重しつつ、自分自身の意見や感情を正直に伝えるコミュニケーションスタイルです。これは、非主張性や攻撃性とは異なり、健康的で建設的な人間関係を築く上で非常に有効です。
職場でアサーションを実践することは、ハラスメントへの対応、意見表明、依頼の断り方など、様々な場面で役に立ちます。DESC法や私メッセージといった具体的な手法を参考に、小さなことから練習を始めてみてください。
アサーションを身につける過程は、ご自身の心を大切にする過程でもあります。すべてを完璧にこなす必要はありません。少しずつ、ご自身のペースで、自分を尊重するコミュニケーションを育んでいきましょう。
もし、この記事を読んでも不安が残る場合や、職場の状況が深刻な場合は、メンタルヘルスの専門家や相談機関にアクセスすることをためらわないでください。「にじいろメンタルケア」では、安心して相談できる様々な窓口の情報も提供しています。
自分自身を大切にすることから、より豊かな職場生活、そして心の健康が育まれていくことを願っています。